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生体脂質を利用した新規フォトニック分子集合体の作製と外部刺激による光学特性の制御

電気電子通信工学科 岩尾 徹

背景と目的

昆虫の表皮や鳥類の羽などには非常に鮮やかな色を呈するものがある。このような生物の表面近傍を詳しく調べてみると、1マイクロメートル(100万分の1メートル)よりも小さな周期構造が見つかる[1-3]。この微細な周期構造に照射された光が回折、散乱、干渉などを起こし、特定の波長の光が強められた結果として観察される鮮やかな発色は「構造色」と呼ばれる。構造色は一般に美しい光沢を持ち、退色しにくい性質のため、構造発色性を示す微細構造を人工的に作り上げることで新しい表示材料や色彩材料として利用する試みが展開されている。

近年、分子集合体やゲルなどのソフトマテリアルをベースとする構造発色性材料が報告され、新ジャンルのフォトニック材料として注目を集めている。ソフトマテリアルには作製条件や外部環境に応じて構造・特性を柔軟に変化させるものが多く、フォトニック材料に応用すれば外部因子により発色特性を自在に制御できるスマートな材料の開発が可能になる。本研究では、生体膜の主要構成成分であるリン脂質やコレステロールなどの脂質分子(図1)がその組成や環境条件により球状ミセル、棒状ミセル、ベシクルなど多様な分子集合体を形成することに着目し、生体脂質を主成分とする分子集合体を基盤とした新しいフォトニック材料の開発について検討を行っている。これまでに、生体脂質分子の自己組織化挙動を外部刺激(加熱・冷却や各種化合物の添加)により制御することで、同一の分子群から構成されるにもかかわらず条件に応じて光を通す・遮る・反射するといったユニークな特性変化を示す分子集合体が得られている[4, 5]。本研究では、この新しい分子集合体について、様々な外部刺激による光学特性の変化を詳しく調べることにより、新規機能材料への展開に向けた基礎的知見を得ることを目的とした。

図1. 本研究で使用した主な生体脂質の分子構造.いずれも分子内に親水性の部分と疎水性の部分を合わせもっており、様々な条件下で特徴的な集合状態をとることが知られている.

研究方法

卵黄由来ホスファチジルコリン(EPC)、コレステロール(Chol)およびステアリルアミン(SAm)を用い、EPC:Chol:SAm = 5:5:1のモル比でヘキサンに溶解して脂質溶液とした。この脂質溶液を50 mMのNaCl水溶液上に静かに積層し、25℃以上に保温しながら20時間程度静置してヘキサンを蒸発除去するという独自の手法により透明・球状の分子集合体を作製した。得られた分子集合体に対し、光学顕微鏡による形態観察、紫外可視分光光度計を利用した光透過率の測定、および光ファイバー分光器を用いた反射スペクトル測定を行った。

研究成果

1.生体脂質を主成分とする分子集合体の形成と温度による光透過特性の制御

上記方法により、NaClなどの塩を含む水溶液中で直径が数ミリメートルに達する球状の分子集合体を得ることができた。この集合体を15~40℃程度の温度範囲で冷却および加熱したところ、30℃以上では透明な粒子であったのに対して、30℃よりも低い温度では白濁し15℃付近では完全に不透明な粒子となった(図2)[6]

図2.リン脂質とコレステロールを主成分とする球状分子集合体の透明度に対する温度の影響.

加熱・冷却を繰り返し行った場合にも、同様の変化が可逆的に起こることが示され(図3)、この分子集合体は温度により光を通したり遮ったりするユニークな光学特性を示すことが明らかとなった。

図3. 温度変化による球状分子集合体の光透過率の可逆的制御.

2.塩濃度による分子集合体の選択的光反射特性の制御

上記検討で得られた球状分子集合体の周囲の水相を希釈し、水相中のNaCl濃度を変化させたところ、NaCl濃度の減少に伴い粒子は膨潤し、数百μM程度濃度において青~緑~赤紫などNaCl濃度依存的な発色性を示した(図4)[6]。今回の分子集合体の構成成分はいずれも無色であることから、この発色は分子集合体内に存在する何らかの周期構造に由来する構造色であると考えられる。

図4. 脂質からなる分子集合体の発色性に及ぼす水相の塩濃度の影響. 写真上部の数値は水相中のNaCl濃度を表す.

図5は、発色性を示す分子集合体の可視反射スペクトルから求めたピーク反射波長と水相中のNaCl濃度の関係を示したものである。NaCl濃度と反射波長との間には明らかな相間関係があり、塩濃度により分子集合体の発色挙動が大きく変化することがわかった。

図5. 反射スペクトル測定により求めた分子集合体のピーク反射波長と水相中の塩濃度の関係.

まとめと今後の展望

リン脂質およびコレステロールを主成分とする分子集合体を作製し、温度や塩濃度といった外部刺激による光学特性の変化について調べた。同一の脂質成分からなる分子集合体であっても、温度変化や塩濃度の変化に応答して可視光の透過・散乱・選択反射といった特異的な光学特性を示すことが明らかとなった。この特性は、温度変化や塩濃度の違いを透明度や色の変化として検出できる可視センサー素材として利用できると期待される。現在は、小角および広角X線散乱法や電子顕微鏡をはじめとする各種機器分析手法を駆使して本集合体の微細構造の評価に取り組んでいる[7]。分子集合体の微細構造と、様々な条件下で発現する光学特性の関係を詳しく調べることで、より精密な材料設計が可能になると期待される。

参考文献

[1] Kinoshita et al.: Forma, 17, 103-121 (2002).
[2] Sharma et al.: Science, 325, 449-451 (2009).
[3] Noh et al.: Adv. Mater., 22, 19-28 (2010).
[4] 黒岩ら:日本膜学会第34年会講演要旨集, p. 77 (2012).
[5] Kuroiwa et al.: Asian International Symposium -Materials Chemistry- in Annual Meeting of Chemical Society of Japan, 2F4-36 (2012).
[6] 黒岩ら:日本膜学会第35年会講演要旨集, p. 117 (2013).
[7] 黒岩ら: 物構研サイエンスフェスタ2013要旨集, p. 57 (2014).

【研究成果公表】

1.若手奨励支援予算課題に関連する成果公表

(A)学会等における研究発表(3件)
(1)黒岩崇, 端山琢人, 金澤昭彦, 市川創作:「リン脂質とコレステロールを主成分とする巨大分子集合体の小角・広角X線散乱による構造解析」, 物構研サイエンスフェスタ2013, つくば国際会議場エポカルつくば(茨城県つくば市), 2014年3月.
(2)Takashi Kuroiwa, Hikari Katsumata, Takuto Hayama, Sosaku Ichikawa, Akihiko Kanazawa: Preparation of phospholipid-based giant liquid crystalline aggregates and their optical properties. NEXT Symposium: “Membranome” for “Bio-Inspired Chemical Engineering”, Osaka University (Osaka, Japan), Sep. 2013.
(3)黒岩崇, 勝又ひかり, 市川創作, 金澤昭彦:「外部刺激によるリン脂質巨大分子集合体の微細構造および光学特性の変化」, 日本膜学会第35年会, 早稲田大学(東京都新宿区), 2013年5月.

2.その他の成果公表

(A)著書(2件)
(1)Takashi Kuroiwa: Chapter 19, Enzymatic production of oligosaccharides. Microbial Production: From Genome Design to Cell Engineering, Springer Japan, Tokyo, pp. 219-230, 2014.
(2)市川創作, 黒岩崇: ミセル、ベシクルの作製. 『食品素材のナノ加工を支える技術』, シーエムシー出版, 大阪, pp. 17-28, 2013.

(B)学術雑誌(4件)
(1)中川裕太, 黒岩崇, 荻田涼, 高柳龍一, 金澤昭彦: マグネタイト微粒子を包含した磁性寒天ゲルを担体とする再利用可能な固定化キトサナーゼの調製. キチン・キトサン研究, 20 (1), 44-48, 2014.
(2)市川創作, 黒岩崇: エマルションを基材とした物質内包ベシクルの作製. Colloid Interf. Commun., 39 (1), 39-41, 2014.
(3)Ai Mey Chuah, Takashi Kuroiwa, Isao Kobayashi, Mitsutoshi Nakajima: The influence of polysaccharide on the stability of protein stabilized oil-in-water emulsion prepared by microchannel emulsification technique.Colloids Surf. A: Physicochemical and Engineering Aspects, 440, 136-144, 2014
(4)Goran T. Vladisavljevic, Nauman Khalid, Marcos A. Neves, Takashi Kuroiwa, Mitsutoshi Nakajima, Kunihiko Uemura, Sosaku Ichikawa, Isao Kobayashi: Industrial lab on a chip: design, applications and scale up for drug discovery and delivery. Adv. Drug Delivery Rev., 65 (11-12), 1626-1663 (2013).

(C)学会等における研究発表(件数のみ)
国際学会2件、国内学会11件

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