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閉鎖性内湾における水塊別年齢の季節変化に関する研究

都市工学科 田中陽二

研究成果の要約

伊勢湾などの閉鎖性内湾では赤潮(植物プランクトンの異常増殖)や底層の貧酸素化など の水質悪化現象が問題となっている.それらの水質変動メカニズムを理解するには,海水交 換の実態を把握することが重要であるが,現地観測では海水交換は間接的にしか把握できな いという問題点があった.応募者は数値計算手法によって海水交換の指標となる年齢を直接 的に計算し,それを用いて貧酸素水塊の形成や消滅課程を把握する方法を提案した.
 伊勢湾において河川水と外洋水の年齢を解析し,底層の水塊ほど海水交換が悪く,かつ貧 酸素水塊になるまでの日数も短いことが定量的に把握された.本研究によって,閉鎖性内湾 における水質変動メカニズムの把握に対して,年齢を指標とした解析手法の有効性が示された.

1.研究の背景と目的

東京湾や伊勢湾のような閉鎖性内湾では,富栄養化対策として水質総量規制による汚濁負荷の削減が1970年代から行われてきているものの,近年の水質は横ばい傾向であり,原因の解明が望まれている.閉鎖性内湾は,その名前が示す通り外洋との海水交換が少ない湾であるため,メカニズムの解明には河川水や外洋水がどのように湾内で滞留・交換するのかを詳細に把握することが重要となる.
海水の交換特性の指標としては,水塊の年齢(age)と滞留時間がある.年齢はある水塊が湾内に侵入してからある時刻までの経過時間であり,滞留時間はある時刻から湾内の水塊が外洋に出るまでの時間である.海水交換は湾内の流動構造に依存しているため季節的に変化していることが知られている(宇野木, 1998).Yanagiand Abe(2005)は有明海において,河川流入量と湾内の塩分観測結果から淡水の滞留時間を1ヶ月単位で算出している.馬込ら(2012)は同様の算出方法で東京湾において週1回~月1回程度の頻度で滞留時間を計算している.ただし,これらはマクロ的な視点に基づく解析方法であり,信頼性の確認が十分なされている訳ではない.また,水塊の年齢については解析が困難なことから近年では研究はほとんどなされていない.
以上のような背景を踏まえ,本研究では水塊別の年齢に着目してその季節変動特性を明らかにすることを目的とする.
対象とする海域は日本の代表的な閉鎖性内湾であり,応募者の研究実績がある伊勢湾とした.

2.研究方法

数値モデルの計算領域は伊勢湾全域,計算期間は2009年1月1日~2010年12月31日である.格子間隔は,水平方向で800m格子,鉛直方向に28層に分割した.境界の水質や気象場は観測値をもとに与えている.年齢は河川水由来と外洋水由来の2種類の水塊に分けて算出した.本モデルの再現性について検証を行い,問題がないことを確認した(図省略).

3.結果と考察

(1)年齢の計算結果と特徴

湾内全域における平均年齢および河川水割合の時系列変化を図-1に示す.2010年での年平均年齢は河川水で36.5日,外洋水で40.7日であった.河川水の年齢は出水によって瞬時に低下していた.これは大きな出水により年齢の若い水塊が急増するためである.一方で,夏期の外洋水は出水による年齢の低下が緩やかである.この理由は,外洋水の主たる海水交換機構がエスチュアリー循環によるためと考えられる.すなわち,鉛直の密度勾配がすでに大きくなっている夏期では多少の出水では密度勾配へ与える影響が小さいため,海水交換の増加も少なかったと判断される.一方の冬期(11月~3月)においては,外洋水でも出水による年齢の低下が見られた.

図-1:湾内の河川水割合(a)と平均年齢(b)の時系列変化

(2)貧酸素水塊と年齢の関係

以下,本研究では貧酸素水塊を溶存酸素(DO)が3mg/L以下と定義し,貧酸素状態が悪化している2010年9月4日に着目して考察を行った.伊勢湾内の20m以深では,湾口部を除き,ほぼ全域に貧酸素水塊が形成されていた(図-2). 年 齢 は 湾 口 部 で 低 く,湾奥部や湾央部西岸で60日以上の最大値を取る分布となっていた(図-2).貧酸素水塊は海水交換が悪い場所に発生しやすいという従来の知見が定量的に示された.
外洋水の年齢とDOの関係を調べると,外洋水の見かけの酸素消費速度は10m層と20m層でそれぞれ0.063, 0.055 mg/(L・day)であった(図-3).貧酸素化までに要する日数は,10m層では26.5日,20m層では12.8日であった.酸素消費速度は10m層の方が大きいが,20m層では全体的にDOが低いため,貧酸素化するまでに日数が早くなっていた.貧酸素化までの日数は同日における湾内平均年齢の38.0日よりも小さい日数であるため,必然的に中~底層の多くの場所で貧酸素水塊が形成されることを意味している.

図-2:水深20mでの溶存酸素濃度分布(左)と年齢の分布(右)

4.結論

本研究では年齢という指標を用いることで,閉鎖性内湾の海水交換特性と貧酸素水塊の形成機構を定量的に議論できることを示した.本研究で得られた結論を以下に述べる.1)河川水の年齢は出水によって大きく低下する.一方で,外洋水はエスチュアリー循環による交換が主体的であるため,すでに密度勾配が大きい夏期では出水による年齢の低下は小さかった.
2)外洋水の年齢とDOは負の比例関係にあった.9月4日での見かけ上の酸素消費速度によって推定した貧酸素水塊形成までにかかる日数は,中~底層で湾内の平均年齢よりも低くなっていた.よって,中~底層の多くの場所で貧酸素水塊が形成される環境となっていた.

5.研究成果の一覧

本研究では年齢という指標を用いることで,閉鎖性内湾の海水交換特性と貧酸素水塊の形成機構を定量的に議論できることを示した.本研究で得られた結論を以下に述べる.1)河川水の年齢は出水によって大きく低下する.一方で,外洋水はエスチュアリー循環による交換が主体的であるため,すでに密度勾配が大きい夏期では出水による年齢の低下は小さかった.
2)外洋水の年齢とDOは負の比例関係にあった.9月4日での見かけ上の酸素消費速度によって推定した貧酸素水塊形成までにかかる日数は,中~底層で湾内の平均年齢よりも低くなっていた.よって,中~底層の多くの場所で貧酸素水塊が形成される環境となっていた.

【査読付き学術論文】

[1]田中陽二・池田香澄(2015)伊勢湾における数値解析手法を用いた貧酸素水塊と年齢の関係性の把握, 土木学会論文集B2(海岸工学), 査読中.

【国内学会発表】

[1]池田香澄・田中陽二(2015)伊勢湾における数値解析手法を用いた外洋水と河川水の年齢の把握, 土木学会関東支部技術研究発表会, 4p.

[2]池田香澄・田中陽二(2015)伊勢湾における年齢による海水交換特性と貧酸素水塊の形成に関する考察, 土木学会全国大会, 2p.